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口の中に住む常在菌にも、重大な日和見感染をおこすものがいます。それは、肺炎球菌という、その名のとおり肺炎をおこす病原菌です。肺炎は、1975年以来ずっと日本人の死亡原因第四位の座を占めています。肺炎は、主として病原性微生物の感染によってひきおこされる疾患で、肺に炎症をおこし、重篤な場合は死にいたります。原因性微生物には、細菌の他、マイコプラズマやクラジアミ、ウイルス、そして、カビ(真菌)がいます。ちなみに、1997年の人口動態調査によれば、日本人の三大死亡原因とその死亡者数は一位が悪性新生物(ガン)151079人、二位が心疾患151079人、三位が脳血管疾患138989人、四位が肺炎93994人となっています。なぜ近年、肺炎が勢力を拡大しているのか、その理由は多剤耐性を持った病原菌が現われたことと、もう一つの原因は日本人の急速な高齢化が関係していると考えられます。というのも、四大疾患の死亡者における65才以上の高齢者の占める割り合いが、肺炎において突出しているからです。前出の1999年の調査によりますと、各疾患別死亡者における65才以上高齢者の占める割合は、ガンが72.4%、心疾患84.8%、脳血管疾患87.0%であるのに対して、肺炎は実に94.4%にもなります。肺炎を除く三つの疾患は、どれも生活習慣病の要素をもっています。ガンは遺伝子の変異が少しずつ蓄積した結果発症すると考えられており、心疾患も脳血管疾患も動脈硬化など永年の生活のツケが出たものと言えます。となれば、これらの疾患による死亡者数において高齢者が多数を占めるのは当たり前のことといえます。ところが、肺炎に関しては少々事情が異なります。高齢者は免疫力が低下しているために、若い人より細菌などに感染しやすいことは想像できますが、それは、他の感染症も同じです。それなのに、なぜ、肺炎だけが死亡原因として抜きん出ているのでしょうか?それは、肺炎球菌が口腔内常在菌であることに深く関与しています。というのも、高齢者が肺炎になる最大の原因が誤嚥だと考えられているからです。誤嚥とは、飲食物や唾液を食道ではなく気管のほうに誤って飲み込んでしまうこと。だれしも少なからず気管にものが入りそうになってむせたり、ゴホゴホと苦しい思いを経験したことがあるはずです。つまり、口の中の細菌が誤って肺の中に入り、肺炎を起こすのです。 ふつう、飲食物が口の奥や喉を刺激すると、意識しなくても呼吸がいったん停止し、飲食物が食道へ送り込まれます。このような自分の意識とは無関係におこる行動を反射といい、ものを飲み込む反射をとくに嚥下反射といいます。嚥下反射は飲食物だけではなく、自分の唾液でもおこります。目の前で誰かにパチンと手をたたかれると思わず目をつぶってしまったり、沸騰したやかんについ手を触れた時に、とっさに手をひっこめたりする行動も反射です。反射は、人間に生まれながらにして備わっている危険を回避するための行動です。ですので、自分で止めようと思っても止めることはできません。嚥下反射は飲食物や唾液が気管のほうへ入るのを防いでいるのです。そして、もし誤ってものが気道に入っても、前述のようにすぐ激しく咳き込みます。これも反射の一つで、咳反射といい、気管から異物を排除しようとする行動です。以上のように、体には飲食物や唾液が気管に入るのを防ぐしくみが二重に備わっていて、健康な人ならまず気管にものが入ることはなく、入ってもごく少量で問題になることはありません。ところが、高齢者それも脳卒中などで脳に障害が残っている人では、嚥下反射や咳反射がうまく機能しない場合が多く、結果的に誤嚥をおこしてしまうのです。誤嚥には、高齢者本人が気づかない場合があり、これを不顕性誤嚥といいます。唾液の不顕性誤嚥は特に睡眠中におこりやすく、健康であるなしにかかわらず、高齢者のほぼ半数に見られるとする報告があります。また、胃の内容物を吐きもどしたときにも誤嚥がおこることがあります。誤嚥を起こすと、唾液に存在する細菌が肺に侵入することになります。口腔内細菌のうち、肺炎を生じさせるものには、前出の肺炎球菌の他、黄色ブドウ球菌、各種レンサ球菌、歯周病菌のAa菌、Pg菌、Pi菌などが疑われています。これらの細菌が肺に入ると、ふつうならマクロファージなどの免疫細胞に撃退されるのですが、免疫力が低下している高齢者や病人ではそれもかなわず、細菌たちが増殖して炎症をひきおこしてしまうのです。高齢者の肺炎患者の患部からは、実際に多数の口腔内常在菌が見つかります。以上の事実からして、高齢者にとって口の中の衛生状態は、まさしく生死に関わる重大問題だと言えます。高齢者は唾液の分泌量が少なくなり、また、唾液の緩衝能や殺菌力が低下するために、若い人以上に細菌が繁殖しやすいので、常に口の中を清潔に保っておく必要があります。とくに、寝たきりの人や介護の必要な高齢者の口腔衛生には、家族や介護者が十分に注意を払わなければなりません。老人ホームを調べたある報告では、口腔ケアーを積極的に実施しているホームとそうでないホームとでは、肺炎の発症率に格段の差が出ているとされています。また、広島大学歯学部のグループが、特別養護老人ホームの入居者を対象に行なった研究では、口腔ケアーで肺炎の発症率を半減させることができたとしています。歯がある高齢者と歯がない高齢者を比べた場合、歯がある人のほうが誤嚥性肺炎の危険性が高くなります。それは、歯があると歯垢がつきやすいので、細菌の種類も数も、歯の全喪失者よりも多いからです。入れ歯を装着している場合も同様です。加えて、流動食のほうが固形物を食べるより歯垢がつきやすいことも承知しておいてください。
人体に寄生している微生物は、なにも細菌だけではありません。ウイルスや原虫、ダニ、それにカビもいます。足によくできる水虫が白癬菌(ハクセンキン)というカビによる感染症であることは今やよく知られています。カビは専門的には真菌といいます。では、口の中にもカビがいるといったら・・・なんとも気持ちの悪い話ですが、カンジダという一般の人には耳慣れないカビは、口の中の粘膜や舌に白いカスのようなものが出来る口内炎の原因菌として160年以上前に発見されました。カンジダは人体の常在菌の一つで、口腔内の他、皮膚や腸、女性の膣内などさまざまな部位につねに少数住んでいます。カンジダは入れ歯に付着しやすいこともあって、高齢者の口腔内微生物を調べたある調査では、四割の人からカンジダが見つかったと報告されています。カンジダは健康な人にとっては何でも無い存在であり、そもそもカビは感染力が弱いので、医療現場ではさほど重要視されていませんでした。しかし体力が落ちたり、免疫力が低下した時に増殖して、それぞれの場所で日和見感染を起こします。そして、口の中のカンジダは、口内炎や舌炎を発症させます。また、カンジダが唾液と共に気管にはいると。前述の誤嚥性肺炎をひきおこすこともわかっています。カンジダは誤嚥性肺炎の主要な原因菌の一つです。